2009年7月15日

東京のホテルから書いてます

ハイ、お久しぶりです。

生きてますよ(笑)。

まあでも冗談抜きで、死にかけでしたね。
タフな肉体に感謝(笑)。

とりあえず今日は、東京行きです。
京都まで行って、そこから新幹線の改札をくぐろうと切符を入れたら...。

何故かオレの指定席の券が出てこない。
名古屋行きの切符が出てきやがった。

どこに行っても、何かトラブルがついて回るな〜。
つーか、そんなにオレにネタを提供したいのか(笑)。

ってなわけで、駅員さんに聞かれるわけですよ。
「他に券をお持ちではないですか?」ってね。

イヤ、アンタが「3枚とも一緒に入れて下さい」って言うから入れたんやん。
で、目の前で見てたやろ(笑)。

そしたら、何故か後ろの人の切符が出てきた。
改札機よそんなネタはいらんぞ(笑)。

で、新幹線の種類、発車時刻、何号車で何番席か全部記憶していたのでその場で言いました。
「8時59分発、のぞみ218号、11号車4番E席」ってね。

で、「わかりました、席は替わりますけど用意します」とのこと。
かなりギリギリでしたけどね(笑)。

ってか、窓側に座りたかったのに...。
通路側だ(笑)。

まあエエけどね。
ってなわけで、さあ東京!

何気に久しぶり。
つーか、実はそんなに好きじゃないんですよね東京。

ってか、宮木猛に関東似合わねー(笑)。

とりあえず最近は本当に体に無茶をさせたので少し今日は控えめに...。
いけたらいいなと(笑)。

しかしイヤ〜、最近寝てなかったね〜。
だから京都行きの特急内ではマジで寝ました。

ただ、この時期の山陰線...、特に特急はクーラーが効き過ぎ(笑)。

新幹線はほどよい感じなんですけどね。

ってなわけで、9日はJCの理事会。
僕は議事録作成人として出席。

何故か僕が議事録を担当する時は理事会が長引く(笑)。

で、終了後マクド喰って、帰宅。
もちろん深夜だが、飲む(笑)。

で、作業しながら、飲んで...。
座敷で寝る。

床で寝る事に馴れた(笑)。

10日は昼間は普通に仕事して...。
天気予報を見たら、何気に11日が晴とのこと。

ハイ、慌てて金刀比羅祭りの準備に走り回る。
ってか、どんだけ急に天気変わるねん(笑)。

調理器具やらテーブルの準備。
何気にパニックになる(笑)。

でも商工会事務局の助けを得て、なんとかある程度の準備は完了。
そして、夜からは8月1日の「鬼力の由良川夏祭り」の出店者会議。

今回は出店場所を「抽選で」という事で、抽選をしてきました。
僕的にも刺激が欲しかったので、違う場所になるのは歓迎でした。

売れるか売れないか不安はありますけどね。
ただ「かならずある程度売れる」場所で毎回やるより、「ここはあまり売れない」場所でやるほうがいいような気がしてたんですよね。

そういう場所で売り上げをあげれるのはオレらしかおらんと思ってるし(笑)。

パワーのある団体は、ちょいと不利をこうむってでも引き受けるべきかなと。
まあまたみんなから文句言われると思うけど(笑)。

で、10日はその会議が終了後...。
我がお店にてJCの委員会。

サドンデスだ(笑)。

11日から始まる事業に向けての最終打ち合わせ。
常にギリギリで崖っぷちだなオレのスケジュールは(笑)。

で、僕はまたまた映像担当。
今回はさらにハードルの高い要求をされた(笑)。

各種ソフトを使っていろいろ作って...。
Final Cut Proで仕上げ。

なんだが、ウマくいかない(笑)。

パルプモーションで「アルバム」っぽい動画を作って書き出し。
何故か音声と画像がずれる。

1時間もかかって書き出したのに、それがパー(笑)。

こういうことを何度も繰り返す。
で、結局深夜2時になってもできず。

「朝までに仕上げてDVDにして確認してもらう」ことに決定。
で、一旦委員会は終了。

そして、僕は飲みながら作業(笑)。

しかしやっぱり書き出しがウマくいかない。
気がつけば朝。

とりあえず「確認用のDVDはできねーな」と開き直る。
「スイマせんでした」と謝りを入れる。

で、金刀比羅祭りの準備に向かう。
いろんな団体や自治会から数多くの協力者が来てくれてました。

本当にウレシかったです。
ただ僕の段取りが悪くて、迷惑をかけてしまいました。

もちろんいろんな人から怒られました(笑)。

先に言っておきますが、7月11日の金刀比羅祭りに関する写真はありません。
撮るヒマは一切無かったです(笑)。

これまでは「河守公民館・商工会・自治会」が中心となり「金刀比羅祭り実行委員会」を立ち上げ運営されてました。
で、実行委員長というのはコレまでいなかったんですよね。

それぞれの代表が横並びって感じだったのかな。
だから、オープニングの挨拶は公民館長で、ステージ企画の挨拶は商工会代表で、子どもたちへの挨拶は自治会長で...。

みたいな感じで割り振ってたんですよね。
で、まあ僕は昨年立ち上げられた「準備委員会」の委員長。

あくまでアイデア等を出す「準備委員会」の委員長。
しかし、何故か気がつけば実行委員会で挨拶をして、議事進行を進めてる立場。

まあ実質実行委員長みたいなもんかな(笑)。

でもまあそれはそれで良かったです。
地域を盛り上げる事に寄与したいと思ってましたからね。

で、昨年までの金刀比羅祭り見てて「オレならこうするのにな〜」って思いもあったしね。
まあしかし思いだけではなかなかウマくいかんね(笑)。

でもね、ホントに僕がガキの頃の金刀比羅祭りってスゴかったんですよ。
大きな船をみんなで引っ張って...。

で、船の上で太鼓を叩いて、町中を回って...。
夜になれば、数多くの屋台が出てて...。

時間が過ぎて、家に帰るのがイヤで...。
注意されながらも、小学校のグラウンドで遊んだり(笑)。

で、僕が28歳の時に大江町に帰ってきて...。
商工会青年部に入部して、まず金刀比羅祭りに関わったんですよね。

で、その当時はまだ船の運航はしてました。
夜になったら、屋台も運営してましたしね。

でも実際昼間に船を出して、夜は屋台。
コレねかなりキツいんですよ。

でも数年前は部員数も多かったし、動いてくれる人も沢山いました。
しかし、年々部員も減って...。

船も老朽化で「動かせない」ってことになって...。
僕らも屋台も出さないようになって...。

昨年は屋台は1店だけ。
後は露天商が1店出してたかな〜。

ステージ企画もバラバラな感じで...。
来場した人が「寂しい」とか「お店が少ない」とか...。

ってか、主役たる子どもたちがあまり楽しそうに見えませんでした。
本当のまちづくりとは「祭り」や「イベント」を盛り上げる事じゃないのかもしれません。

でも、僕はこんな時代だからこそあえて祭りにこだわりたかった。

年々賑わいを無くす金刀比羅祭りを見るのがつらかった。
合併後元気をなくす町を象徴してるみたいでキツかった。

僕は合併には反対してたけど、それはそれ。
合併したんだから、それを前向きに捉えて「なんかやろうぜ」って突き進みたかった。

「ならどうすればいいんだろう?」って考えた。
多少非難されたり、怒られたって突き進もうと考えた。

それならまず自分が頭に立とうと思った。
情熱をもって突き進めば、必ず結果はついて来ると信じてた。

「頭はドカッと座って指示を出せばいい」って言う人もいるだろう。
でも僕はまず自分が動かないとって思った。

自分でやってみたこともないのに、人に「コレをやってください」なんて言えないと思った。
ステージ組んで、屋台の準備して、テーブルを出して...。

ステージ企画の司会をして、合間に屋台を見て回って...。
実際来客してくれた人や、地元の人に意見や感想を聞いて...。

もちろんここでもちょいと怒られて(笑)。

全ての経験が僕のこれからの血肉となると思ってます。
「来年はもっと良い祭りに!」その気持ちでこれからもやっていきたいな〜と。

いろんな人に迷惑をかけたけど...。

これまでにない一歩を踏み出せたかなと。
まちづくりはそこに住む人がやることで、決して「誰かがやってくれる」ものじゃないと僕は思ってます。

特にこの不況の時代、お金はありません(笑)。

補助金をあてにするのではなく、人「マンパワー」をいかに活かすか。
団体の垣根をこえ、様々な人たちと一緒に動く事で、新たなるエネルギーが生まれると思っています。

子どもたちが各屋台で行列を作り、ステージ前には若者が...。
みんなが設置してくれた提灯がその姿を照らす...。

午後8時過ぎの旧街道を見たとき、不意に泣きそうになりました(笑)。

この祭りが活気づいたから、急に町が活性化するとは思いません。
でも何もしないのに町が活性化するわけもありません。

一つのきっかけになればいいなと。
なんからしくないことを書いてるのかなオレ?

一人で新幹線に乗ってると、センチに...。
ならねーよな(笑)。

でも本当になんとか金刀比羅祭りを終える事ができました!

協力してくれた方々、そして来場してくれた全ての人に....

ありがとうございました!

ってなわけで、今日は東京で自分で自分にご褒美を(笑)。

banner_02.gif
↑「飲むだけでしょ?」って思った方は、クリックを!

トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.miyakitakeshi.com/mt/mt-tb.cgi/15153