ハイ、まだブログにコメントが出来ないようですな。
う〜ん...。
ただ、このグダグダなブログにコメントをしたい人がいるのかどうか(笑)。
ってなわけで、現在世界陸上も開催されてますが...。
織田裕二さんがおとなしくて、ツマラナイですね。
だいぶ陸連から釘を刺されたんですかね(笑)。
まあ確かに「オーバー過ぎやろ」とか思った事はありましたが...。
ないと結構寂しいです(笑)。
ちなみに前回の大阪大会は死ぬほど笑わせてもらいました。
「本人が選んだのか、周りが選んだのか分からん程」の趣味の悪いシャツを着て...。
「誰がどう聞いても口パク」なんだけど、スタジアムに向かってスゴい笑顔でテーマソング熱唱。
多分、参加選手の9割は「アレは誰なんだ?」って思ったはずです。
で、日本代表の方々は...。
「恥ずかしい〜」って控え室に隠れてたはずです(笑)。
ってなわけで、気がついたら「世界陸上=織田裕二」となりましたね。
まっ、さすがに今回は地元開催じゃないので、おとなしく...。
と、言うより前もって釘を刺されたことがきいてるのかな〜。
でも放送時間帯も、なかなか視聴率が取りにくいんだから...。
好きなように騒がせた方が絶対にオモロいけどね。
だって、織田裕二が大げさに叫んでも、叫ばなくても...。
そんなに選手の記録には関係ないし(笑)。
でも、世界記録とか日本記録が出たら...。
メチャ叫ぶ。
一度、元テニスの松岡さんと共演させたらエエねん。
冬季オリンピックとかを。
暑苦しいよ、冬なのに(笑)。
ってなわけで、ボルトはスゴかったですね。
アレはホントに地球人なのかから考えましょう。
ってか、ドラゴンボールでも「天津飯は地球人か?」とか議論があったでしょ(笑)。
つーか、今回のベルリンのトラック...。
間違いなく「記録が出にくい」感じです。
風が向かい風ばかりなのもあるけど...。
高速トラックではないなと。
その中で、あの記録を出したボルトとゲイはマジメにスゴいです。
ゲイは運が悪過ぎます。
ボルトが産まれるのが5年遅かったら...。
パウエルと一緒に「ルイス×ジョンソン」みたいなライバル対決で結構引っ張れたなと。
ってか、マジメにボルト...。
グラップラー刃牙に出てくるような身体能力だよコレ(笑)。
僕的には400mにチャレンジしてほしいなと思ってます。
100mの記録をさらに伸ばしてほしいとは思うんですけど...。
「200m18秒台、400m42秒台」をめざせるランナーですよ、ボルト。
ってか、今回ボルト本人のコンディションが保ててたなら...。
マジでマイルリレーに出てほしい。
多分、ビックリするラップタイムを刻みますよ。
ヘタすりゃ41秒台出てもオカシく無い。
100mと200mの走り。
さらにリレーも走ってるタフさ。
ってか、決勝以外全く全力で走ってない。
うん、ジャマイカマジでマイルリレーにボルト(笑)。
イヤ、高校の試合ではそういうことあるんですよ。
リレーで近畿大会とかに出ると...。
個人種目で近畿へ出れなかったメンバーも連れて行けるんですよ。
で、そういう所にいくことは、記念じゃなくて、ホントにエエ経験になるんですよ。
僕は、高校3年生のときに、京都大会で入賞し近畿大会への切符を勝ち取りました。
でも一番欲しかったのは、リレーでの入賞でした。
僕らは「両丹予選」ってのがあったんですよね。
まあ簡単言えば「京都北部と中部」の予選会ですね。
で、コレが毎回、西舞鶴高校のグラウンドで開催されてました。
ってか、あそこまでいくバス代が高かったんだよな。
常に値上がりしてたし(笑)。
トラックは一周300m。
で、コースは7コースまでしかない。
つまり決勝にいけるのは7人。
で、入賞出来るのは6人。
何気に残酷なコースでした(笑)。
で、高校3年の時は僕「200m2位、400m2位」でした。
どちらも勝ちたかったし、勝つつもりだったけど...。
でも何気に今から考えると、悔しくは無かったんですよね。
全力は出したし。
「現時点では負けたけど、次はオレが勝つ」って思ってたしね。
で、両丹予選ってのは基本2日間。
ってか、冷静に考えたら、高校時代はキッツイねスケジュール(笑)。
「初日:4×100mリレー、400m」
「2日目:4×400mリレー、200m」
まあ僕4種目にエントリーしてたんですよ。
で、それぞれ予選とか準決勝とか、決勝があって...。
最終種目「4× 400mリレー」を走る前には...。
8本レースをこなしてたんですよね。
4×100mリレーに関しては、予選で失格になったんでまあ走ったと言ってもしれてますけどね。
でも200mの決勝から4× 400mリレーまでは30分程度ですよ。
ハイ、シンドイ(笑)。
もうね、クールダウンとかウォーミングアップとか言ってられない状況でしたね。
リレーも予選から出てたしね。
で、決勝前に「マジでツライ」って言ったんですよ。
でも僕自身は出るつもりでした。
で、メンバーから帰ってきた言葉は...。
「頼む」って言葉でした。
人間って単純で、こんなので走れるんですよね(笑)。
で、僕はマイルリレーは優勝しか考えていませんでした。
実はこの前の年...。
つまり高校2年生の時ですね。
個人種目で僕らは全滅。
でも、まだリレーがある。
リレーで勝ち上がると、個人種目にもエントリーが出来る。
「やるぞ!」ってことで、マイルリレーの決勝に臨みました。
僕は3走。
この時のウチのチームの戦略は「1走と2走がある程度順位を保って、残りで追いついて抜く」って感じでした。
しかし、この時は...。
ハイ、ギリギリの争いだったよ(笑)。
6位と7位争いでした。
マジメに「天国か地獄」でしたね。
で、僕はアンカーに6位でバトンを。
ってか、抜いたんですよオレは(笑)。
そして、最後の直線。
マジメに、泣きそうになりました。
目の前で、我がチームのアンカーが抜かれました。
アレ、僕の記憶では...。
加悦谷高校だったな〜。
でも、考えたらアンカーってのはスゴいプレッシャーで走ってますからね。
僕は基本的に、高校時代はあまりアンカーは走りませんでしたからね。
で、まあそれにて、高校2年生時のインターハイは終了(笑)。
でも、その後の対決では...。
当時の最大ライバルであった、西舞鶴高校には勝ってたんですよ。
ってか、両丹の総体で...。
マイルリレーで優勝した時は、マジでウレシかったもんな〜。
つーか、話がまた飛びまくったの?
まあエエか(笑)。
で、高校3年生の時に走ったマイルリレー決勝。
人からしたら「京都府北部と中部の小さい大会」かもしれんけど...。
もう僕はね、とにかくそれに優勝したかった。
基本、リレーは4人で走るでしょ。
で、個人種目400mにおいて、ウチのチーム(大江高校)は2人が入賞。
当時は福知山高校に強いのがいてね〜。
ってか、何気に福知山JCに入ってるんだよね(笑)。
まあでも、「エース2人の平均タイム」では、ウチが一番早かったかなと。
あの当時は「福知山・網野・西舞鶴・大江」って感じだったかな〜。
網野も強かったな〜。
特にリレーになると「意味不明」な力を発揮するヤツいたしね。
ちなみに、僕はこの大会で200m2位でしたが...。
優勝したのは網野高校のメンバーです。
また当時の西舞鶴のグラウンドが...。
最後の直線にそって各校のテントがあって...。
応援の声が分かるんだ。
「ラストファイト!」とかってのがね。
で、逆に「イヤ、しんどいし」とか普通に考えてたな〜。
そりゃ負けるか(笑)。
ただ、この網野高校の代表は早かった。
基本、みんな丸刈りなんでナカナカ名前と顔を覚えられんかったけど(笑)。
いや、また話ずれたな。
ハイ、このマイルリレー決勝。
舞台は西舞鶴のグラウンド!
まあ結果は負けたと(笑)。
一応過去の記事でも書いたけどね。
僕はこの当時「2走」を走ってました。
リレーって何気に、2走が重要なんですよね。
マイルリレーだとエースをそこに配置したりもします。
4×100mリレーでもエース格を配置するでしょ。
まあ去年の五輪ではボルトは3走を担当したけど(笑)。
ってか、アレは特別な例ですよ。
つーか、なんで3走で8秒台?
当時の映像を見ても...。
一人だけ「Bダッシュ」って感じやからね(笑)。
アンカー走らせても、誰よりも早いと思うけど...。
でも、3走に関してはボルト以上に早く走れる人間はおらんかもね。
ベストコンディションのゲイくらいかな〜。
大阪大会ではゲイも3走担当してたでしょ。
あそこって結構重要ですよ。
つーか、また話がずれた(笑)。
で、決勝。
つーか、みなさん話覚えてる?(笑)。
ハイ、西舞鶴のグラウンドに7チーム。
実はウチのチーム(大江高校)は予選から苦戦。
予選から5位くらいでバトンを持ってきてくれましたからね(笑)。
ただ、他のメンバーも個人種目に出てたので、疲労はありました。
僕自身、初日に400mで京都大会への出場は決めていたので...。
2日目については「リレー1番」って思ってました。
でも、まさかそんな順位で予選から持って来るとは(笑)。
なので、手は抜けずにある程度、走らざるを得ないと。
基本、両丹地域では「3本の指」には入ってると思ってましたからね、400mに関しては。
で、抜くのは抜けるかなと思ったんですよ、リレーでも。
しかし、マイルリレーの予選は朝一番。
ハイ、前日に400mを3本走った人間(笑)。
まっ、でもなんとか予選は通過。
疲れたけど、エエ刺激にはなりましたね。
高校時代から「休ませたらアカン」って感じで生きてますね(笑)。
ってなわけで、ホントのホントの最終種目スタート!
ちなみに西舞鶴高校のグラウンドは1周300m。
つまりカーブのエリアがデカイんですよね。
だから、後半に追い上げるのは結構シンドイなと。
つまり「僕が3走に渡す順位で決まる」と思ってました。
まっ、しかし...。
常に一緒に走っているメンバーですから...。
大体の走力は理解しています。
なので「これくらいのリードが必要だな」ってことは考えてました。
でもコレはレース前に考えていた「計算」であって...。
本番が始まれば、こんなのは全く意味がないなとも理解してました。
レースが始まれば、全力で走るだけですよね。
で、レースがスタートしたんですが...。
............、予想外の順位でバトンが来ました。
僕は「4位以内で」と考えていたんですよね。
さらに「差が無い」タイムで来てほしいと思ってたんですよ。
それなら、200mまでには全部抜いて、差を付けれるって思ったんですよね。
マイルリレーの場合、途中からオープンコースになるのでナカナカ、アウトからは抜けません。
それもあったので、まずは前半でリードをって考えてました。
もちろん、バトンをもらうまでの考えて、レースが始まったらそれは考えてませんでしたが...。
バトンをもらった瞬間に...。
「コレどう考えても5位以下やな」ってことは理解しちゃいました(笑)。
ただ、そこからは何もかもぶっとびましたね。
「前を見ろ、全員抜いたらエエねん」ってモードに切り替わったのかな〜。
結局最後の最後のカーブを曲がって...。
僕は次の走者に1番でバトンを渡しました。
ただ、差はあまりない状態で。
結局僕らは負けました。
3走で5位となり、アンカーで4位となりゴール。
まあでも、京都大会には行けるし、控えとして2人を連れて行ける。
さらに、個人種目もエントリーを選べる。
目的は果たせたんですよね。
でも、僕は優勝出来なかった事が、悔しくて悔しくて...。
最後閉会式があったんですけど、ずっと泣いてました。
個人としても団体としても、悪い成績は残してませんけど...。
でも悔しくて...。
帰路につく中でも、泣きながら「もっとオレが差をつけてたら」とか言ってました。
僕がこのときマイルリレーで走ったラップタイムは、それまでの最高タイムでした。
でも「もっと走れた」って思ったんですよね。
僕はこの時の自分が好きです。
で、この時の自分に勝ててない事も最近理解してきました。
うん、体力で勝つとかじゃなく...。
頑張ろ(笑)。
で、まあその当時のビデオも結構あるんですよね。
時間が出来たら、それらもデジタル化したいなって思ってます。
つーか、何が書きたくてこの長さになったのか...。
まあワカランくらいがエエか(笑)。
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